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8月15日を最後の勤務日として、8年間勤めた今の会社を退職することになりました。


主な退職理由は、以前からこのブログにも書かせてもらっていた、我が家のゴミ屋敷化問題です。

毎日、目を瞑りながら仕事に行き、目を瞑りながら帰宅し、目を瞑りながら晩ご飯を食べていましたが、限界を感じてしまいました。



ゴミ屋敷化してしまった原因は私が早朝の仕事を始めたこと。

母が夜遅くに帰宅するにも関わらず、朝4時半に起きて私のために朝ご飯を用意してくれるため、私が出勤している間に母は昼寝をする時間が増えてしまい、家のことをする時間が減ってしまったため少しずつ少しずつゴミやモノや新聞や雑誌などが溜まっていきゴミ屋敷化してしまいました。

一度、母が起きないようにソーッと出勤したことがありましたが、母が寝坊したと思いこんで大慌てした上に私が部屋に居ないことに酷く驚いて猛烈に焦り怒り、その後の母は、私が黙って出勤しないように、自分の部屋で寝ないでリビングのソファーで寝るようになってしまった程です。

仕事をしながら片付けようと何度も試みましたが、片付けたところにまたモノを置いていくので片付けられる気がしませんでした(*_ _)

私の仕事時間を変えないことにはどうしようもないと判断し、職場の方にそれとなく坦務や勤務時間を変えられないか伺っていましたが難しそうな雰囲気だったので、母と生活時間を合わせて家を片付けるために、思い切ってお仕事を辞めることにしました。




ここまでが表向きの理由です。

しかし、私の日記をご覧になって頂いていた方はお察し頂けるかと思いますが、理由はこれだけではありません。


私は職場の委託業者に強い不満感を抱いていました。

この不満感は仕事を初めて3年間くらいの間に委託業者を筆頭とした職場の人達に植え付けられたトラウマから来ているもので、未だにこの不満感は拭えていません。

きっとこれからも当時と似た状況になったら思い出して、心に強いストレスを感じてしまうのだと思います。


最後の望みと思い退職を申し出る時に、勤務指定を組んでいる上司に

いい加減に委託業者から解放して欲しい

と、申し出ましたが良いお返事は貰えませんでした。



そして、こちらも日記に何度か書いたことがあるのですが、私は『自閉スペクトラム症』という精神障害を患っています。

その障害から発生しているのかは分かりませんが、私は突然頭に血が上って叫び出したりモノに当たったりしてしまうことがあります。

その姿を怖がっている人が居る』と何度も上司に言われていました。


その上司に

あんな姿をまた見せたら次はないぞ

と何度も言われました。


しかし、私は頭に血が上ってしまう状態を自分でコントロールする自信がありません。


それをその上司に伝えても

怒らんかったらええだけや

と返されてしまいました。


それが難しくて困っているから精神障害の診断を受けているのに。




私の行っていた坦務の早朝の業務は私を含めた3人で回していたのですが、そのメンバーが、


精神障害持ちの私。

チャキチャキ動いて仕事が早い同僚。

日本人なのに日本語が通じていなさそうな同僚。


の、三人で構成されていました。


チャキチャキ同僚は仕事が早いがゆえに、仕事の遅い日本語の通じていなさそうな同僚に対してとてもキツく当たっていました。

その当たり方が私が過去に経験した委託業者から受けていた態度と似ている部分が多々あったので、聞いていてとても心が辛くなりました。

しかし問題はそこではなく、2ヶ月ほど前にチャキチャキ同僚と仕事のことで揉めてしまい、その時に

これでも君のこと気にしとんやで?日本語の通じていなさそうな同僚君と比べたら4対6くらいで気にしとるわ

と言われてしまいました。

この時、おそらく気遣って言ってくれたのだとは思いますが、日本語の通じていなさそうな同僚は呆れるくらい仕事にミスが多いので、私の中では比較されたとしたら2対8。多少譲ったとしても3対7だと思いました。

その場で

私、そんなに迷惑かけてるの!?

と聞き返しましたがチャキチャキ同僚は無言で頷くだけでした。

私はチャキチャキ同僚とはうまく仲良くやれてると思っていたのですが、それを聞いても

君が勝手に思っているだけ

と返されてしまいました。


先述の上司の言葉と合わせて、私は知らず知らずの内にこんなにもたくさんの方々に迷惑を掛けてしまっていたんだと思い、仕事を辞めるという選択肢が脳裏を過ぎりました。



そして、親と相談の上で辞めることが決まり、最初はソーッと消えていなくなろうと思っていましたが、数人の方が辞めることをどこからか聞きつけて声を掛けてくれたのが嬉しくて、もうこっちからお世話になったと思える人、部署、班に全部挨拶して回ろうと思い直して、百貨店でお菓子を買い漁ってお世話になったほぼ全ての人達に挨拶して回りました。


迷惑を掛けている。

怖がっている人がいる。


と何度も聞かされていたため、半ば恐る恐る行った挨拶回りでしたが、みんな笑顔で接してくれて

時間が出来たら遊びに来てね

寂しくなるね…

家が片付いたらまた戻ってこいよ

等々、様々な優しい言葉を頂いて、雰囲気や態度から怖がっている人や迷惑を掛けている人は私の目からは認識できませんでした。

あの上司の言葉は何だったのだろう…?

と、疑問は晴れないままでしたが、嫌われていないことを感じてから去ることが出来たのは良かったのではないかなって思います。



ここまでを見ると不満たらたらで辞めたようにしか見えませんが、私の中では8年間の中で『今が一番楽しく仕事が出来ている時』でした(*´∇`*)


毎日、寝坊に怯えながら過ごしていた時期。

仕事を教えているという体で何もかも押し付けられた時期。

すぐに仕事から逃げ出そうとするおじいちゃん社員とずっと一緒に仕事をさせられた時期。

パワハラ上司に手を出してしまいそうなほど怒り狂っていた時期。

何にも手伝ってくれず、仕事をさせようとしたら辞めていった同僚と過ごした時期。

うつ病になるほど追い詰められて苦しんだ時期。


そして、先述した今の3人で過ごした時期。


細かくはとても書ききれませんが、私は今の3人で過ごした時期の後半はパワハラを行う上司も居なくなり、みんなそれぞれ責任感を持って仕事をしていたため、不満ばかり抱えて過ごしていた日々からは考えられないほど過ごしやすい職場になっていると思っています(*´∀`)

だからこそ、今なら嫌な気持ちを持たない状態で仕事を辞めることが出来るかもと思いました(*´-`)





元々、私が仕事を続けていた理由は、私を今の職場に連れてきてくれた学生時代の友人に

こんな酷い職場で働かされているおじいちゃんを助けてあげて

と言われたのが、仕事を続けていた理由でした( ,,-` 。´-)


そのおじいちゃんは定年退職して再雇用で雇われていた人でしたが、5年前に契約が完全に切れてしまい退職していきました。

私もその時にそろそろ辞めようと思っていたのですが、ちょうどその時期に入れ替わりで先述した3人が揃う形になり、この3人で仕事をしたらどうなるのか見てみたいと感じたので今までだらだらとお仕事を続けてしまったというのが正直なところです(* ॑꒳ ॑*  )


私を職場に誘ってくれた友人には「そんな約束覚えていない」と言われてしまいましたが、私の中ではおじいちゃんの去っていく姿を見て確かな達成感があったので良かったと思っています(*´ ˘ `*)


その達成感はもはや職場内では私しか理解できる人が居ませんが、その思いと、劣悪とも言えた酷かった職場状況が改善された今の職場の姿に目を細めつつ、私も去っていこうと思います(*´-`)





最後になりますが、今まで私の書きなぐった仕事の愚痴にまで目を通してくれた方々、中にはメッセージまで送ってくれた方々もいてくれて、本当に嬉しかったです(*´∇`*)

私の今のお仕事の物語はこれにておしまいです。

最後の最後まで私の愚痴に付き合ってくださって本当にありがとうございました<(*_ _)>


次は我が家の劇的ビ〇ォー〇フターな日記でも書けたら良いなって思いますσ(,,´∀`,,)エヘヘ




でわでわー(・ω・*)ノシ
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